2.和歌山城
和歌山城について書いていきます。
和歌山のメインになります。
和歌山城の入り口がこちらです。
入る前に壮大さを感じました。
城下に入る前に音楽イベントや、忍者が沢山いました。子供向けに手裏剣投げコーナがありました。
私も子供にまっじってやればよかったかな。
この城は、資料館と、城内の二ブースがあり共通券があり410円と、他の城と比べてもお安いです。
入場時間は、九時から17時半までです。
最初に、資料館に行きました。資料館は、写真撮影禁止なので、写真が撮れませんでした。
和歌山の地区は昔は、紀州と呼ばれていて、雑賀衆と呼ばれる高い軍事力を持った傭兵たちが自治体で
納めていました。
雑賀衆に織田信長が戦いを挑んで敗れて、豊臣秀吉が雑賀衆と戦い、雑賀衆の解体をしました。
この時思ったことは、天下人や頂点に立つ人は、淘汰しないとなれないのか?と疑問に思いました。
もっと平和的な和平はできなかったのかなども考えましたが、そもそも考え方が違うのので致し方ないのかと納得しました。
その後、豊臣秀吉の後は、徳川家が引き継ぎ、三代徳川家の紀州徳川家ができました。
紀州徳川家はこちらです。
なぜかしら私は、水戸徳川家、尾張徳川家は知ってしたのですが、紀州徳川家は知らなかった。
まして、紀州徳川家から、徳川吉宗を輩出していることに驚きです。
そして和歌山は、三英傑三人とも関わりがある重要拠点だったことも初めて知りました。
補足ですが、三浦家が家老として支えていました。
資料館はこれくらいにして、和歌山城に行ってみましょう。
この城を攻めるならどういう風に攻めるかなどを考えながら、上りましたが、ぐるぐる回っているほど方向感覚がなくなっていきます。
考える暇もなく、弓とかでやられそうなので私なら辞退します。
お城はこんな感じです。
今までのお城で、連結式のお城は初めてです。
個のお城の作り方が気に入ったので、お城の中で、お城の写真がついた缶バッチを買いました。
バックに気に入ったお城の缶バッチをギャラリーにしょうかなどと思っています。
場内の中では展示物などがいくつかありました。
その中で、一つ目が弓です。
和歌山には江戸時代、弓の名手、わさ大八郎という方がいて、八千本の矢を射とおしたといわれています。
わたしも、アーチェリーをしていたので、わかるですが、一射するにもすごい集中力と体力いります。
少しの変化や気の迷いで矢は大きく変化するので。八千本通すのはすごいなと思いました。
次に、拳銃です。
拳銃を所有していたのは、警察が先ではなく、護身用として郵便局員が思っていたのには驚きました。
書類や手形が重要だったことがうかがえます。
最後に、和歌山県の著名人です。
一人目はこちらです。
陸奥宗光さんです。おどろきました、和歌山出身だとは思っていませんでした。
四国の方かと思っていました。
私は坂本龍馬の昔から大ファンなので、よく知っています。
中学受験の時に英語の学校を行こうとして、「陸奥宗光さんみたいな外交官」になりたいです。
と作文を書いていました。いまでは、英語はさっぱりですが…
なんといっても、この人の偉業は「治外法権の撤廃」だと思っています。
私の中で、政治で一番強い人は、軍事でもなく、統率力でもなく、外交力と交渉力だと思っています。
なので、この人は憧れの一人です。
次に、この人です。
松下幸之助さんです。
日本の電機分野の神様、経営の神様ですよね。
この人がいなかったら、確実に日本の近代化、産業はないと思います。
うちの家族も電化製品はパナソニックなんですよ、私はソニー教ですが….
産業を切り開き、巧みな経営をするなど、私の憧れの一人です。
和歌山県は知らなかっただけで、私の人生に大きく影響を与えた人がいることを知りました。
おみあげに、和歌山と言ったらみかんと簡単な理由から、ミカンクッキーを買いました。
最後にまとめですが、もっともらしいことをいいます。
戦国時代などの人が天下統一、平和統治をしてくれたおかげ、日本では、安全に生活や旅行ができているのだと思いました。
また、私は、方向音痴なので、スマホのGPS案内があるので、旅行ができているの、日本の近代化、
歴史の進歩に感謝しています。
平和な一日が当たり前じゃなく、大切に暮らしていこうと考えさせれた和歌山城でした。
和歌山かこれで最後となります。みじか!!
近畿旅行では、他にも、京都、奈良、大阪も書いていますので、よかった見ていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。
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